あいでん is …

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29歳、僕の2つの役目

 はじめまして、「あいでん」と申します。
 
僕が経営者を目指してから10年…ようやく自分の役目というものを見つけました。
 
その役目とは2つ。
・自分(あなた)にしかできない”クリエイティブな働き方”を提案すること
・僕のようにめんどくさくて”何も行動できない人”のお手伝いをすること
 
こんなシンプルなことですが、これが29歳になってやっと見つけた僕の役目です。
 
 
 
この2つを身に付ければ、会社に務めていようが、独立していようがあまり関係ありません。
 
最近は個人で起業したりすることを勧める流れがあります。
それは全然悪いことじゃないし、僕もゆくゆくはその道に行くと思います。
 
でも、僕は8月に2年ぶりに企業に勤め、今会社のみんなと働いていて「会社っていいな」と思えています。
学ぶこともたくさんあります。
いろんな人とも出会えます。
 
ムカつくことも、嬉しいこともすべて僕の学びになっています。
 
でも、ぶっちゃけ給料は低い…
拘束時間も長い…
仕事終わりにこうやってネットの作業をするのもかなりしんどいです。
 
毎日眠気やYouTubeを見て遊んでしまいたい欲望と戦いながらスタバで強制的に作業する環境を作っています。
 
 
だからこそ近い将来、会社を辞めて独立をしますし、さらに自分の世界を広げていきたいと思っています。
 
 
 
でも、少し前の僕は
・会社に雇われて働くなんてクソだ
・めんどくさすぎて何もしたくない
・もう何でもいいから金を稼ぎたい
 
こう思っていました。
 
でも今ではまったく逆のことを思えています。
 
・会社で働くってお金もらいながら学べるとか恵まれてるな
・自分を行動させるためのシステムさえ作ってしまえばいいんだ
・自分にしかできないクリエイティブな働き方をしよう
 
10年かかって、やっと見つけました。
”やっと”です。
 
 
 
そして今こうやって、「昔の僕」のように
・仕事では昼ごはんとサボることばかり考えている
・これはおれの仕事じゃねぇ。もっとクリエイティブな仕事がしたい
・現状はイヤだけど、未来を変えるために”がんばる”のもめんどくさい…
 
こう感じているアラサー男子のお手伝いを少しでもできればと思い、今こうやって僕のプロフィールを書いています。
 
 
 

 高校卒業後、即ニート

 僕は高校卒業までまったく進路の決まっていなかったウスラトンカチでした。
毎日サッカーのことと、6コ上の美人だった保健室の先生のことしか考えていませんでした。
 
 
ちょうど日韓W杯の時でした。
サッカーではジダンやロベルト・バッジョなどのファンタジスタ系の選手を好みました。
スピードやパワーに頼らずにテクニックで相手を翻弄し、観客を魅了するプレースタイルに憧れました。
 
そして授業を定期的にサボり保健室の先生に会いに行きました。
彼女の二の腕に触れた瞬間に惚れてしまいました。
圧力鍋で72時間煮込んだ豚の角煮よりもホロホロな二の腕でした。
 
今までいくつもの二の腕を触ってきましたが、あれほどの豚の角煮二の腕に出会ったことは未だありません。
彼女に出会わなければ叶わぬ恋をせず、あと2年は童貞卒業が早かったんだろうなと確信しております。
 
 
そしてそんなアホなことばかり考えてあっという間に高校3年間は過ぎました。
高校3年の2月、クラスで進路が決まってないのはとうとう僕だけになりました。
 
「え、なに進路って?働く必要あるの?」
「別にやりたいことないんだもん」
 
この頃は先のことなんか何も考えていませんでした。
世間体すらも気になりませんでした。 
 
 
 
そして進路が決まらないまま高校を卒業。
堂々とニートになりました。
 
高校を卒業して2週間後、思いました。
 
「あれ、やべぇな」
 
親の空気を察したんでしょう。
慌てて求人誌を見て近くのコンビニでバイトを始めました。
 
沖縄ということもあり、時給は650円。
月収でいうと6〜7万円。
マジでクソですよね。
 
 
それでも当時、高校を卒業してから友だちと遊ぶこともなくなり毎月5万円ほど貯まっていきました。
(どんだけ金使わなかったんだよ、当時のオレw)
 
そして半年ほど働き30万円が貯まった頃、「おれの人生はこんなもんじゃねぇ」とたった30万円を握りしめて名古屋へ上京しました。
 
今思えば、無謀な所持金でしたが、世間知らずが功を奏しました。
 
 
 

名古屋で出会った「経営者」と「ナンパ師」

 名古屋での仕事はこの先の僕の運命を大きく動かしました。
 
初めての営業、そして初めての訪問販売という仕事でした。
人の家や会社さんにピンポーンと訪ねまくり、商品を紹介して売りまくるというお仕事です。
 
そしてこれが完全歩合制のお仕事でした。
完全歩合制ということは、その日の売上が0なら給料も0でした。
10時間外を走り回っても1日の報酬は2000円とかザラにありました。
 
今思えば貯金30万円だけでよくそんな仕事したなと思いますが、当時の僕は信じられないくらいアホで世間知らずでした。
 
上司から怒られている時はヘラヘラしていたらしく、さらに怒られました。
 
「今日◯件取ってきた人には晩飯ごちそうします!」という約1000円ほどのニンジンにもホイホイ釣られ、10時間必死で走り回ったりもしました。
 
 
 
そして僕がこれだけがんばったのにはもう1つ理由がありました。
 
それがこの会社にあった「独立支援システム」
 要は「がんばってチームを育てたら事務所を作って社長になれますよ」というもの。
 
当時の僕からすれば事務所を持って独立なんて夢みたいな話でしたが、何も目指すもののなかった自分の人生に初めて「目標」というものができました。
 
 
 
というのも、高校の時に進路が決まってないぐらいの僕ですから、世間のことをほとんど知らなかったんです。
 
「経営者」という働き方があることもこの名古屋の会社に入って初めて知りました。
 
そして経営者になれば月収100万円とか200万円とかもあり得るという話でした。
 
 
 
沖縄のコンビニ時代、月収6,7万円だった僕からすれば、夢のような大金でした。
 
しかし、同時に「おれイケるかも」とも思ってました。
というのも、僕と同じ19歳から半年で社長になった人がいるとのことでした。
 
そんな情報を素直に、純粋に受け取り僕は来る日も来る日も2年半もの間、ピンポンを押し続けました。
 
 
熱中症で溶けそうな暑い夏の日も、
指がかじかんでピンポンを押すだけで痛い真冬の日も、
来る日も来る日もピンポンを押し続けました。
 
そして自分のチーム(新人教育)を作りながら独立を目指しました。
 
 
少し話は逸れますが、ここでもう1つ僕の運命を変える出会いがありました。
 
うちの会社に野村さんという僕の1コ上のナンパ師が入ってきました。
そしてその方を僕が教育することになりました。
 
僕は「ナンパ師」という存在をこの時初めて知りました。
 
彼は例えば1つの大学の学園祭があれば1日で5人をクロージングしてしまいます。
(連絡先交換ではありません。最後まで行くのです)
 
それまで「最初のエッチは好きな人と」的な貞操観念を持っていた僕をチャラくしてしまったのはこの野村さんのせい(おかげ)です。
 
これほど価値観が崩壊してしまったのも人生で数えるぐらいしかありません。
そして後に野村さんとの出会いが、僕の人生の可能性をさらに広げてくれるのです。
 
 
 
 
さて、一旦仕事の話に戻ります。
結果、19歳で管理職まで行くことはできましたが、それから2年は状況が変わらず心が折れました。
 
「もうダメだ。遊びたい。帰りたい」
 
 
21歳の若造にしてはがんばった方じゃないかと思います。
しかしもう心はボロボロでした。
 
最後はもう外回りするモチベーションも残っておらず、
少しだけ件数を取ったらカフェや神社でサボる毎日でした。
 
「なにやってんだろ…おれ…」
 
1ヶ月ほど社長に辞めることを告げられませんでしたが、意を決して言いました。
かなり引き止められましたが、また辞めたくなるのは目に見えていました。
 
 
「すいません、辞めさせてください」
 
そして当時の彼女を置き去りにして、沖縄に帰りました。
 
 
 

mixiで知った「文章を書く」というクリエイティブ

 しかし、沖縄に帰っても「独立」「起業」「金持ち」への道を諦めたワケではありませんでした。
 
比較的給料の高かったケータイショップの仕事に就き、貯金をしながらお金の勉強をしまくりました。
 
時給は1200円。
2年半前650円で働いていた若造は、営業によりセルフイメージを上げ、倍近くの時給を稼げるようになっていました。
(沖縄で時給1200円ってのはかなり高いんですよ汗)
 
残業代などもついて月収は25万円ほど。
これを毎月20万ほど貯金していました。
 
 
そして仕事終わりや昼休みには狂ったようにビジネスの勉強。
 
「金持ち父さん貧乏父さん」とかそのへんのビジネス本を読み漁り、成功への糸口を探していました。
 
 
そして出会った本。
それが「FX革命」
これが僕を路頭に迷わせました。
 
 
本を読んだ僕は何も疑わずこう思いました。
 
「よし、これで稼げる。仕事やめよ」
 
相変わらずの単純ぶり。
この本を読んだ次の月には派遣の契約を切りました。
 
アホですよね。
なんでおれこんなにアホなんだろ。
書いててヘコんできますよ、ホント…。
 
 
 
仕事を辞めてから専業デイトレーダーになりました。
しかし、FXを開始して約2週間…5万円負けたとこで思いました。
 
「あれ、ダメだこれ。」
 
この頃の僕には失敗を糧にしようとか、そんな考えさえありませんでした。
 
そこからは貯金100万円を3ヶ月のニート期間で消費しまくりました。
いやー切なくも楽しい生活でした。
友だちと夜な夜な遊び、ベースの練習をして、mixiの日記を書いて。
 
 
 
でもこの時に発見した「mixiの日記を書く」というのがたまらなく楽しかったのです。
自分が文字だけで表現し、それを読んだ友だちが笑い、喜んで、コメントを書いてくれる。
 
嬉しくて楽しくてこの頃は深夜3時4時まで日記を書いていました。
1記事に4,5時間はかけて書いていました。
 
両親から見ればクソみたいな息子だったんでしょうが、この日記を書くのは労力がかなりかかるにも関わらず、一切やらされ感を感じませんでした。
 
これが後の「文章を書く仕事」につながっていくのですが…。
 
 
 
 
 
さて、ニートを3ヶ月もして貯金も底を尽きそうになった時、僕は保険屋になりました。
お金の勉強をしたかったというのが大きな理由でした。
 
大手の保険会社に運良く入り、ほぼ何もせずとも月収37万円を達成しました。
「やっぱ大手は違うな〜」と思いつつも、社員間でかなりの格差がありました。
 
給料しかり、待遇しかり、立場しかり。
 
途中入社の社員はかなり下に見られます。
正社員は有名大学を卒業した人ばかりなんでムリもないでしょう。
 
これが学歴社会か…
 
名古屋で実力社会しか見て来なかったので、学歴社会なんてテレビで言ってるだけかと思ってました。
 
いくら安定していてもこんなギスギスした空間で何十年も働くのはイヤだなーと思いながら1年が経とうとしていた時、名古屋時代の社長から声をかけられました。
 
「新しい事業を立ち上げるから手伝ってくれない?」
 
 
これは運命の呼び出しだ。
僕の感度の悪いアンテナがそう言っていました。
 
 
 

再び名古屋へ。「彼女」と「出会い系」と「全治2ヶ月」

そこでは新たにケータイ事業を立ち上げるとのことでした。
僕は事業長として呼ばれました。
 
この時の僕は仕事にケチつけてばかりでした。
「おれがやりたいのはこんなんじゃない」
「クライアントとエンドユーザーの板挟みに会うのがめんどくさい」
 
そう思いながら仕事をしてもうまくいくはずがなく、2年経っても事業はほとんど伸びず、結果は出ませんでした。
 
 
しかし、皮肉にもプライベートは充実していました。
 
僕とは不釣り合いなほどかわいい19歳のモデル並み美女と付き合うことができました。
1年ほどの同棲を経て一時は結婚も視野に入れていましたが、ゴールインとはなりませんでした。
 
その子との別れを振り切るかのように出会い系に目覚めました。
 
これまでに培った営業スキルが活きたのか、クロージング率は脅威の80%超えを記録しました。
知り合いから媚薬を譲ってもらって女の子がトイレに行っている隙に2,3滴ビールに垂らしたこともありました。
(2,3滴入れるだけでビールは緑色に変わってしまったので媚薬入れたのバレないように慌てて机の上にわざとぶちまけたことは内緒です)
ウホウホで楽しいこの生活も最悪の形で幕を閉じます。
 
 
プライベートでフットサルをしていた時にフットサル素人にタックルされました。
それはそれは下手クソなタックルでした。
素人のヒザは僕の太ももに突き刺さりました。
 
激痛で20回転以上、ピッチを転げまわる僕。
2,3日経つと右膝は左膝の2倍ほど腫れていました。
もうヒザ曲がりませーん
 
医療費は交通費も合わせて10万円以上はかかったでしょう。
相手は1円も払ってくれませんでした。
 
松葉杖をついて名古屋の街ナカを歩いたこともありましたが、他人の視線が冷たく痛かったです。
そして数週間経っても膝は曲がらず、仕事を辞めざるを得なくなりました。
 
 
 

2ヶ月歩けない→インターネットビジネスとの出会い

 しかし、それは同時に新しい人生の幕開けでもありました。
当時、起業の話ができる仲間から情報を得ました。
 
「大学生でインターネットを使ってお金稼いでる人がいるよ。
それなら歩けなくてもできるんじゃね?」
 
結果的には2ヶ月で歩けるようになったものの、当時は「一生歩けないかも」と思えるほど深刻な状態だったので、藁にもすがる思いでその話を聞きました。
  
そして出会いました。インターネットビジネスと。
 
 
「これだ!おれが探していたものは」
 
・PC1台でお金を稼ぐことができる
・文章だけでお金を稼ぐことができる
・どこでも仕事をすることができる
 
この仕事は僕に以下のメリットを感じさせました。
・おしゃれ
・かっこいい
・クリエイティブ
・ラク
・旅できる
 
まぁ、単純ですよね。
アホですよね。
 
それでもヒザが曲がらず、歩けない僕にとっては地獄から垂らされた一筋の糸のようなものでした。
 
 
こうして入ったインターネットビジネスの世界。
ここで僕に罠が待ち受けていました。
 
情報の氾濫です。
 
ひとたびインターネットの世界に足を踏み入れると、「稼げる情報」というのが100コ、200コ平気であります。
 今まで散々起業するためのアイデアを探していた僕にとっては夢のようなことですが、同時に迷いの森の入り口でもありました。
 
これが「ノウハウコレクター」ってヤツです。
 
 
このインターネット業界ではいろんな稼ぎ方があります。
 
・サイトを作って稼ぐ方法
・Twitterを使って稼ぐ方法
・メルマガを使って稼ぐ方法
 
などなど、挙げればキリがないですが、とにかく情報が溢れているんです。
 
どの情報が正しいのか、どれが手を出してはいけないのか。
 当時初心者だった僕は見分けもつきませんでした。
 
 
 
そしてここで、今でも繋がりのある一人目の師匠と出会います。
 
その人は有名大学を中退しながらも”文章だけ”で億という金額を稼いでいます。
もう次元が違いすぎて「アホか」ってレベルなんですが、これが可能な世界であると知っていきます。
 
その人にインターネットビジネスの可能性や、正しいビジネスのやり方を学びました。
  
しかし、僕はまたしても道を逸れてしまいます。
 
 
 

詐欺師Hによる2年間の洗脳

 この師匠の弟子と名乗るHさんという成功者をネット上で見つけました。
直接師匠に近づくよりも早く近づけるかも!?と思い、この人のセミナーに参加しました。
 
このセミナーに参加し、僕はHさんと直接話して、自分の熱い思いを伝えました。
「今、歩けない状態なんで僕はこの仕事で稼ぐしかないんです。だからがんばりたいんです!!」
 
そうするとHさんはこう言ってくれました。
「じゃあ東京に来なよ!」
 
誘われたら断れない男、それが僕、あいでん。
二つ返事で東京移住を決意しました。
 
 
そこから流れ流れてHさんの事務所に住み込みで働くことになりました。
そこではネットショップを使った輸入販売を学びました。
数ヶ月すると月10万円前後は稼げるようになりましたが、僕のやりたいことではありませんでした。
 
 
文章でクリエイティブに稼ぎたかったのに、やっていることは中国から安いものを仕入れてAmazonで売るという誰でもできるような仕事。
最初は会社に勤めなくても稼げることに「やったぜ、ワーイ」って感じでしたが、だんだんと違和感に気付いていきます。
 
 
しかし、その頃には茹で上がったカエル。
一度その環境に入り浸るとなかなか環境を変えられなくなるのが人間の性。
 
 
毎月10万円前後の利益では「花の都、東京」では満足に遊ぶこともできませんが、環境による洗脳なのか、やがてそれが普通となってきました。
ネットショップ自体は稼げていたのですが、仕入れ代を払ってもらっている関係からHさんには利益の70%を取られていました。
 
今考えれば暴利です。
なぜ普通の仕事をしながら自分でやらなかったのかと後悔することもありますが、それは結果論です。
 
なにせ僕は「アホ」なのです。
そして何より、その10万円の利益に満足(安心)してそれ以上の行動をしなかった自分の責任です。
 
 
「あぁ、もっとがんばってりゃ良かったなぁ…」
 
僕の人生で何度つぶやいたことでしょうか。
そんなことつぶやいてるヒマあったら、行動しろやってのが正論なんですけどね。
それで動けりゃ苦労しないんです…。
 
もがいて、もがいて、もがきまくりました。
 
 
それでもこのグズグズ行動できなかったネットビジネスを行った2年間はムダではありませんでした。
冒頭で書いた、今の自分の役目に繋がりました。
 
同じように悩む人を行動させるお手伝いをすることができるようになりました。
 
ネットショップをがんばっている同級生にも行動ができるように、科学的、心理的、精神的な面でサポートする環境を用意してあげられるようになりました。
最近ではそいつにAmazonで初報酬が出たという報告が来て、自分のことのように嬉しかったです。
 
 
でもこうやって他人の行動をサポートしてあげられるのは、あの頭ではわかっているのに心がついていかないという経験をし、もがきにもがいて「どうやったら自分は行動するのか?」と問い続けた結果、見えてきたものでした。
 
 
今でも僕はもちろん、急激にやる気がなくなったりする日があります。
昨日もちょうどそんな日でした笑
 
そんな日はムリせずに、息抜きしたり、出来る限りの行動をしたりと自分をコントロールできるようになりました。
 
ピッチャーで言うと立ち上がり打たれて2点を失うも、次の回から自分で軌道修正をして7回2失点でマウンドを降りる的なピッチャーですね。
大崩れしないってことです。笑
 
 
こうして、東京での月収10万円でダラダラと過ごしていた日々は「自分の行動できない弱さ」そして「行動するためにはどうしたらいいのか」を学ぶ2年間になりました。
 
 
 

2人目の師匠との出会い。本質との出会い。

 そしてまたしても沖縄に帰ることになりました。
理由は住み込みさせてもらっていたHさんがだんだんと詐欺まがいのことをやりだしたこと。
 
詐欺まがいの行為をしてお金を稼いでいるのを裏で見ていて、「あ、これは違うな」と思いました。
これでこの場所を離れる決心ができました。
 
 
 
勢いで沖縄に帰ったは良いものの、またふりだしに戻ってしまいました。
何をやって稼ごうか…
もう誰でもできるような輸入をして販売という仕事はやりたくありませんでした。
 
でも、実際にアイデアが浮かぶのは物販のアイデアのみ。
・クーポンサイト(ポンパレとか)に中国商品を出品する
・OEMで自分で商品を作って売る
 
もともとクリエイティブに働きたかったのに、物販のスキル、ノウハウしか貯まっていないことに気付かされました。涙
 
 
それでもまずは稼ぐしかねぇ!とOEMで革財布を作りました。
 
原価3000円の財布…リサーチ時点では8000円で売れるはずでした。
安くても6000円で売れるはずでした。
今では2000円で絶賛在庫処分中です。涙
 
 
 
そして途方に暮れる僕に最後のチャンスがやってきました。
 
インターネットビジネスをはじめた当時、ほぼ同期といえる大学生がいました。
そいつは全然稼げていない時からたまにご飯を食べに行くような仲でした。
 
そんなあいつが、そんなあいつが…
久々に再開した時に彼は月収200万円を稼ぐ大物になっていました。
 
別に稼いでいる金額どうこうよりも、こいつ相当がんばってきたんだろうな〜と感じました。
おれがのうのうと輸入販売で月10万円稼いで安心しながらネット動画を見まくっている時に彼はしっかりとやるべきことをやっていたんだろうなーと。
 
当時から頭の回転は早いなーと思っていましたが、ここまで差がつくとは…。
しかも7コ下の大学生に…。
 
 
彼は当時はせどりという転売をしていましたが、今では僕のやりたかった「文章で稼ぐ」ということを実現させていました。
さらにいくつもの事業を手がけていながらさらにさらに大学にも通っているのです。
 
 
ま、20歳超えての仕事の世界は年齢とか関係ないのは百も承知なんですが、やはり年下に先を越されるのは気持ちよくない。
 
僕が19歳で管理職に成り上がった頃、抜かされた年上の人たちもきっと同じことを思っていたんでしょうね。
 
それでも今の僕の感情はただのプライド、成功には余計な感情。
そう感じることができた僕は思い切ってプライドを捨てました。
 
年下に下手に出るのもイヤだったプライドの高い僕からすれば考えられない行動をしました。
 
大金を差し出し、
「これで僕にビジネスを教えて下さい!!」
 
僕はコンサルティング料を払い、ほぼ同期で年下の大学生に頭を下げてお願いをしました。
 
彼は快く受けてくれた。
「あいでんさん、そういう素直さ、大事っすよ」
 
以前の僕なら「くそ、コノヤロー」と思うところも不思議とそんな反論感情は湧きませんでした。
それよりも純粋に成功したい。いい加減成功したい。
 
そんな気持ちの方が上回りました。
 
 
 

本質を学んだ僕。それでも変われない僕。 

 彼の教えてくれることはノウハウやテクニックなんて次元ではなく、「本質」の部分でした。
思えば、僕が中国輸入で稼ぎながら、その後違う事業で稼げなかったのも「本質」を理解していなかったからなんです。
 
彼はいろいろなことの本質を伝えてくれました。
・マーケティング
・コピーライティング
・マインド
 
 
僕は「うっほほーい」となり、言われたことを愚直にやり始めました。
…しかし、2週間もすれば元の僕に戻りました。
 
これですんなり成功の道へ進めたワケではなかったのです。
 
僕の貯金の底を尽くぐらいのコンサルティング料を払ったにも関わらず、
僕は行動しなかった。
 
いや、正確に言えば行動しましたよ。
2週間は勢いでなんとか行動できました。
 
しかしビジネスはそんなに早く結果は出ません。
アタリマエのことなんですが…。
 
しかし結果が見えなければなかなかモチベーションが上がらないのも人間の性。
 
結局僕は依存してたんです。
大学生の彼にお金さえ払えば成功できるだろうと依存していました。
 
「お金さえ払えば自分は勝手に動くだろう」
 
そんな甘い考えは間違いで、結局は自分が根本的に変わらなければ何も変わらないんだと思い知らされました。
 
 
 
そんな僕を見かねてか、大学生師匠はSkypeでのノルマチームを作ってくれました。
 
このチームは大学生師匠にコンサルティングを受けている人たちが集まり、各々で自分の今日の作業を決め、発表する場です。
 
「会社に入りたくない!自由になりたい!」
 
とずっと思っていましたが、自由になった途端に僕はまったく自分を制御できませんでした。
 
やらなきゃいけない作業があるにもかかわらず、「後でやろう、後でやろう」と将棋アプリを何時間もやったり、YouTubeをずっと見ている日もありました。
 
会社みたいに縛られるのは苦痛だけど、ある意味管理されるのってラクだなと気づけました。
こうして僕はこのノルマチームのおかげで少しずつですが、行動する癖が身についてきました。
 
 
 
そしてもう1つ、大学生師匠に教わったことがあります。
それが「仕組みを作る」こと。
 
何でもかんでも自分でやってしまおうという個人事業主的な考えを持っている人が多いこのネット業界の中で彼は人を雇って、自分がいなくても収入を生む仕組みを作っていました。
 
衝撃でした。
ナンパ師の野村さん以来の衝撃でした。笑
 
大学生が人を雇って組織を作るだと!?
それを見習い僕も人を雇うためのお金を得るために2年ぶりに働くことにしました。
 
 
 

「クソみたいな過去」を「意味のある過去」へ

 そして今の仕事は某PCメーカーのサポートをするコールセンターです。
 
もともとはただ仕組みを作るためのタネ銭を作るために始めた仕事でした。
でも、恐ろしいくらいに学びのある毎日を経験しています。
 
 
今までやっていた仕事はサボること、どうやって最小の労力で給料を得るかしか考えてきませんでした。
 
その考え方を変えてくれたのは一人目の師匠に学んだことでした。
過去を「クソみたいな過去」と捉えるのではなく「意味のある過去」と捉えることで、冒頭に書いた2つの役目が見つかりました。
 
・自分(あなた)にしかできない”クリエイティブな働き方”を提案すること
・僕のようにめんどくさくて”何も行動できない人”のお手伝いをすること
 
結局、このプロフィールを書きながら思うのは、自分の過去はこの2つの役目を果たすために経験してきたことなんだなとわかりました。
 
サッカーで観客を魅了するファンタジスタが好きだったこと、mixiの日記で人を文字だけで楽しませることなどは自分がこれからクリエイティブな仕事をしていくために必要な経験でした。
 
そして、保健室の先生にダメ元でも結局告れなかったり、訪問販売の仕事で最後までやり抜いて社長になれなかったり、中国輸入を月収50万円、100万円というステージまで極められなかったりと今までいろんなチャンスをもらいながらもリスクを恐れて行動できない自分をイヤというほど味わう経験も必要なことでした。
 
 
 

自分の”欲”を満たしながら、誰かの”役”に立つ

 そしてそれを意識しながら数週間が経ちます。
徐々にその効果は現実に現れてきています。
 
今の仕事では仕事開始4ヶ月目で新人研修を任されるまでになりました。
10年働いているベテランさんに匹敵するほどの件数をこなせるようにもなってきました。
 
 
インターネットビジネスでは、僕の持っている知識と経験を必要としてくれる人も少しずつですが増えてきました。
海外ブランドのネットショップを運営している同級生や人妻サイトアフィリエイターさんに僕の持っている知識をその人に合わせてお伝えすることで感謝してもらえるようにもなってきました。
 
 
 
それでも19歳の頃の最初のきっかけはただの欲望でした。
 
お金持ちになりたい
社長になりたい
クリエイティブな仕事がしたい
女の子にモテたい
自由になりたい
 
 
今ではその欲望を満たしつつも、人様のお手伝いにもなるようなことが仕事になってきました。
 
 
このサイトではそんな僕と同じような目標を持っている、
あるいは行動できなくて苦しんでいる人のお手伝いを少しでもできればいいなと思っております。
 
それでは、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
たとえスクロールでさらさらさらーーっとここまで来たとしてもありがとうございます。
 
ではでは今後ともよろしくお願いします!!!!
 
 
あいでん
 
 
 
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スクリーンショット 2017-01-19 20.00.59

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などなど、インターネットを活用した起業の仕方と売上を上げるためのマーケティングのノウハウを具体的に解説しています。